あっという間に年末ですね。キャプテン・ポップコーンこと矢武兄輔が、2024年の話題作や北海道ロケ映画、映画界の動向を振り返る「映画回顧2024」です。
中編では「小規模公開作品から拡大上映、そしてヒット作に」と「日本映画、制作現場の課題と変化」について振り返ります。
(text/photo|矢武兄輔[キャプテン・ポップコーン])
小規模公開作品から拡大上映、そしてヒット作に
8月17日(土)から公開された『侍タイムスリッパー』(24)がヒットしたことです。インディーズ映画の聖地・池袋シネマ・ロサの1館のみで公開されるとクチコミで評判が広がり始め、配給会社のギャガが共同配給につき、9月に全国拡大公開が決定。現時点で約340館で公開され、興行収入は8億円を突破しています。『男はつらいよ』(1969〜)シリーズのように、お茶の間がほっこりするようなコメディ映画が、夏映画から正月映画として愛され続け、ロングランされています。子どもは500円で鑑賞できるなど、年末年始に合わせたキャンペーンも実施中です。
安田淳一監督が、脚本、監督、撮影、編集など1人11役を務めたオリジナル作品で、会津藩の武士が時代劇撮影所にタイムスリップし、「斬られ役」の役者として現代を生きる姿を描いています。また、米農家の肩書きを持つ安田監督は自己資金と合わせて約2600万円で自主制作しました。日本では商業映画と言えど小規模公開作品であれば、1000万円前後で制作される映画も少なくないです。『侍タイムスリッパー』は、インディーズ作品として考えると決して安くはない金額だと個人的には思うので、ヒットして…お客さんに映画が届いて…本当によかったです。映画監督として生活するために、インディーズで踏ん張っている後進にとって、希望になる出来事だと感じました。
11月に公開された『ロボット・ドリームズ』もクチコミで評判を呼び、上映館が増えていきました。道内でも1館から最大3館公開(※1)に。シネマサンシャイングループ限定の入場者プレゼント(※2)が配布されるぐらいファンが増えていき、興行収入は1億円を突破しています。80年代のニューヨークを舞台に、孤独な犬「ドッグ」と、彼が購入し友情を育む「ロボット」の切なさと優しさが詰まった物語です。この作品は、セリフがないことが特徴。あるのは、生活音と、テーマ曲となっているアース・ウインド&ファイアーの「セプテンバー」ぐらいです。しかし、102分間、ずっと観ている者たちの心を掴み続けるでしょう、年齢と性別に関係なく。そんな素敵なアニメーションです。
まずは、本編尺が短いということは、スクリーンの回転率を上げられます。しかも、一律料金で平均入場料(※4)以上の額が見込め、話題性と評価から動員が見込めます。特に夏休み映画に向けて、メジャー系作品にスクリーンが確保されるシネコンで、本作が速やかに拡大公開していったのは、この特徴も加味されていると考えます。
要は、2時間で10人動員する映画よりは1時間で30人動員できる映画の方が興行という商いにとっては重要なのです。この経営判断、柔軟なブッキング行動も多様な映画を上映し続けるため、映画館が維持するために必要な要素です。
私見ですが『ルックバック』は中編アニメーション“映画”だと思います。なので“非映画”コンテンツと区分されるODSの線引きに、位置付けとして曖昧な印象があります。
最後に9月に公開された阪元裕吾監督の『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』の出来事も記します。『ベイビーわるきゅーれ』(21)、『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』(23)に続く3作目。社会に適合できない殺し屋コンビを主人公にした青春バイオレンスアクションです。「職業としての殺し屋」ジャンルを確立させ、ガールズアクションに革命を起こしました。全体のテーマは「暮らしと殺し」。2作目のときは「殺しはピカイチ。暮らしはイマイチ。」というキャッチコピーもありましたね(笑)。続編の度に公開規模が広がり、人気シリーズに成長します。今作が公開されるときは、9月にテレビ東京系で連続テレビドラマ「ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!」が放送し、10月にはドキュメンタリー映画も公開されました。小規模映画からスタートし、わずか3年でここまでのメディアミックス化に至っています。阪元監督作品はMOOSIC LAB 2017(※5)の短編部門でグランプリを受賞した『ぱん。』(17/辻凪子さんと共同製作)から観ているのでとても感慨深い展開でした。ちなみに主人公のちひろとまひろを演じるのは、25年度後期放送予定のNHK連続テレビ小説「ばけばけ」ヒロインの高石あかり(「高」は正式には「ハシゴの高」)さんと、『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(23)などでアクションスタントも務める伊澤彩織さん。
今回取り上げた4作品は、全国的にミニシアターとシネコンで公開され、順次または拡大公開されていることが共通要素です。映画業界やメディアではなく、観たお客さんがムーブメントをつくってくれたと感じているので、非常に興味深かった興行でした。
『ルックバック』と『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』は配信中です。
※1:2024年12月29日時点
※2:道内はサツゲキ、ディノスシネマズ苫小牧。配布が終了している場合がございます。
※3:ライブビューイングなど非映画コンテンツのこと。
※4:2023年の平均入場料は1,424円で観測最高値でした。
※5:MOOSIC LAB(読:むーじっくらぼ)とは、新進気鋭の映画監督×アーティストのコラボレーションによって、映画制作の企画を具現化する“映画(Movie)×音楽(Music)”プロジェクトのことです。
日本映画、制作現場の課題と変化
action4Cinemaが目指す4つの軸は「教育支援」「労働環境保全」「製作支援」「流通支援」になります。これらを包括し全体を見渡したきめ細かい支援を目指していきます。これまで文化庁や経済産業省など映画を支援する公的機関はありましたが連携がとれていませんでした。そのため、省庁の垣根を超えて、映画に特化した、映画のための組織を求めてきました。
24年4月に総理大臣官邸で第26回新しい資本主義実現会議が開かれ、是枝裕和監督と山崎貴監督が参考人として呼ばれました。制作現場のリアルな状況や、海外進出の場合の論点などのヒアリングがされ、映画振興に特化した「映画戦略企画委員会」の設置がついに明記されます。9月に1回目の会議があり、「統括する機関設立への第一歩になるかもしれない」と、期待されています。
action4Cinemaの理事・深田晃司監督が「日本映画の『働き方改革』―現場からの問題提起」という本を執筆されました。このようなミッションに関心がある方は参考におすすめです。
23年4月には、「映適」(日本映画制作適正化機構)が設置。映画制作を志す人たちが安心して働ける環境を作るために、映画界が自主的に設立した第三者機関になります。このような業界内の健全化がここ数年で形になってきています。
これらは映画産業に携わる者の目線、訴えと感じるかもしれませんが筆者にはこういう考えがあります。映画館で映画を観たお客さんが公共交通機関を利用したり、飲食や買い物など消費活動が発生し、地域内の経済循環します。映画館の興収も上がると、映画を創り出す職業・映画を広める職業・映画を提供する職業の方々へ還元され、安心した生活ができ、次のエンターテイメントを生みだす栄養素になります。多様な映画産業の発展にはパフォーマンスが最大限発揮される環境整備が必要です。
このような取り組みは文化の側面だけではなく、みなさんの身近な経済へつながると考えています。
小規模公開作品から拡大上映、そしてヒット作に
(C) 2024未来映画社
8月17日(土)から公開された『侍タイムスリッパー』(24)がヒットしたことです。インディーズ映画の聖地・池袋シネマ・ロサの1館のみで公開されるとクチコミで評判が広がり始め、配給会社のギャガが共同配給につき、9月に全国拡大公開が決定。現時点で約340館で公開され、興行収入は8億円を突破しています。『男はつらいよ』(1969〜)シリーズのように、お茶の間がほっこりするようなコメディ映画が、夏映画から正月映画として愛され続け、ロングランされています。子どもは500円で鑑賞できるなど、年末年始に合わせたキャンペーンも実施中です。
安田淳一監督が、脚本、監督、撮影、編集など1人11役を務めたオリジナル作品で、会津藩の武士が時代劇撮影所にタイムスリップし、「斬られ役」の役者として現代を生きる姿を描いています。また、米農家の肩書きを持つ安田監督は自己資金と合わせて約2600万円で自主制作しました。日本では商業映画と言えど小規模公開作品であれば、1000万円前後で制作される映画も少なくないです。『侍タイムスリッパー』は、インディーズ作品として考えると決して安くはない金額だと個人的には思うので、ヒットして…お客さんに映画が届いて…本当によかったです。映画監督として生活するために、インディーズで踏ん張っている後進にとって、希望になる出来事だと感じました。
11月に公開された『ロボット・ドリームズ』もクチコミで評判を呼び、上映館が増えていきました。道内でも1館から最大3館公開(※1)に。シネマサンシャイングループ限定の入場者プレゼント(※2)が配布されるぐらいファンが増えていき、興行収入は1億円を突破しています。80年代のニューヨークを舞台に、孤独な犬「ドッグ」と、彼が購入し友情を育む「ロボット」の切なさと優しさが詰まった物語です。この作品は、セリフがないことが特徴。あるのは、生活音と、テーマ曲となっているアース・ウインド&ファイアーの「セプテンバー」ぐらいです。しかし、102分間、ずっと観ている者たちの心を掴み続けるでしょう、年齢と性別に関係なく。そんな素敵なアニメーションです。
(C) 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Wor
まずは、本編尺が短いということは、スクリーンの回転率を上げられます。しかも、一律料金で平均入場料(※4)以上の額が見込め、話題性と評価から動員が見込めます。特に夏休み映画に向けて、メジャー系作品にスクリーンが確保されるシネコンで、本作が速やかに拡大公開していったのは、この特徴も加味されていると考えます。
要は、2時間で10人動員する映画よりは1時間で30人動員できる映画の方が興行という商いにとっては重要なのです。この経営判断、柔軟なブッキング行動も多様な映画を上映し続けるため、映画館が維持するために必要な要素です。
私見ですが『ルックバック』は中編アニメーション“映画”だと思います。なので“非映画”コンテンツと区分されるODSの線引きに、位置付けとして曖昧な印象があります。
最後に9月に公開された阪元裕吾監督の『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』の出来事も記します。『ベイビーわるきゅーれ』(21)、『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』(23)に続く3作目。社会に適合できない殺し屋コンビを主人公にした青春バイオレンスアクションです。「職業としての殺し屋」ジャンルを確立させ、ガールズアクションに革命を起こしました。全体のテーマは「暮らしと殺し」。2作目のときは「殺しはピカイチ。暮らしはイマイチ。」というキャッチコピーもありましたね(笑)。続編の度に公開規模が広がり、人気シリーズに成長します。今作が公開されるときは、9月にテレビ東京系で連続テレビドラマ「ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!」が放送し、10月にはドキュメンタリー映画も公開されました。小規模映画からスタートし、わずか3年でここまでのメディアミックス化に至っています。阪元監督作品はMOOSIC LAB 2017(※5)の短編部門でグランプリを受賞した『ぱん。』(17/辻凪子さんと共同製作)から観ているのでとても感慨深い展開でした。ちなみに主人公のちひろとまひろを演じるのは、25年度後期放送予定のNHK連続テレビ小説「ばけばけ」ヒロインの高石あかり(「高」は正式には「ハシゴの高」)さんと、『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(23)などでアクションスタントも務める伊澤彩織さん。
今回取り上げた4作品は、全国的にミニシアターとシネコンで公開され、順次または拡大公開されていることが共通要素です。映画業界やメディアではなく、観たお客さんがムーブメントをつくってくれたと感じているので、非常に興味深かった興行でした。
『ルックバック』と『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』は配信中です。
※1:2024年12月29日時点
※2:道内はサツゲキ、ディノスシネマズ苫小牧。配布が終了している場合がございます。
※3:ライブビューイングなど非映画コンテンツのこと。
※4:2023年の平均入場料は1,424円で観測最高値でした。
※5:MOOSIC LAB(読:むーじっくらぼ)とは、新進気鋭の映画監督×アーティストのコラボレーションによって、映画制作の企画を具現化する“映画(Movie)×音楽(Music)”プロジェクトのことです。
日本映画、制作現場の課題と変化
日本映画の『働き方改革』―現場からの問題提起
action4Cinemaが目指す4つの軸は「教育支援」「労働環境保全」「製作支援」「流通支援」になります。これらを包括し全体を見渡したきめ細かい支援を目指していきます。これまで文化庁や経済産業省など映画を支援する公的機関はありましたが連携がとれていませんでした。そのため、省庁の垣根を超えて、映画に特化した、映画のための組織を求めてきました。
24年4月に総理大臣官邸で第26回新しい資本主義実現会議が開かれ、是枝裕和監督と山崎貴監督が参考人として呼ばれました。制作現場のリアルな状況や、海外進出の場合の論点などのヒアリングがされ、映画振興に特化した「映画戦略企画委員会」の設置がついに明記されます。9月に1回目の会議があり、「統括する機関設立への第一歩になるかもしれない」と、期待されています。
action4Cinemaの理事・深田晃司監督が「日本映画の『働き方改革』―現場からの問題提起」という本を執筆されました。このようなミッションに関心がある方は参考におすすめです。
23年4月には、「映適」(日本映画制作適正化機構)が設置。映画制作を志す人たちが安心して働ける環境を作るために、映画界が自主的に設立した第三者機関になります。このような業界内の健全化がここ数年で形になってきています。
これらは映画産業に携わる者の目線、訴えと感じるかもしれませんが筆者にはこういう考えがあります。映画館で映画を観たお客さんが公共交通機関を利用したり、飲食や買い物など消費活動が発生し、地域内の経済循環します。映画館の興収も上がると、映画を創り出す職業・映画を広める職業・映画を提供する職業の方々へ還元され、安心した生活ができ、次のエンターテイメントを生みだす栄養素になります。多様な映画産業の発展にはパフォーマンスが最大限発揮される環境整備が必要です。
このような取り組みは文化の側面だけではなく、みなさんの身近な経済へつながると考えています。
矢武兄輔
まちのえいが屋さん/キャプテン・ポップコーン
20歳の1月。札幌映画サークルに入会直後、さぬき映画祭への参加で『踊る大捜査線』の製作陣や深田晃司監督と出逢い、映画界の現実や地方から発信するエンタメの可能性を知る。そこから「映画館へ行く人を増やす」という目標を持ち、カネゴンを呼んでみたり、学生向け媒体をつくったり、休学して東京国際映画祭で勤務、映画館へ就職→退職→「矢武企画」を起業からの今は某局でラジオDJ。 すべては『踊る』の完結が始まりだった。そして、踊るプロジェクト再始動と共に…! ということで、皆さんにとって映画がもっと近くなれますように。