(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会
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2025.6.3

映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』レビュー|真実を歪めたのは誰か? 正義が制度を侵食するとき

映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』は、現実に起きた事件をもとに、人が簡単に“加害者”に仕立てられてしまう社会の脆さを描いた衝撃作です。
本作を手掛けたのは、『クローズZERO』シリーズ(07・09)『十三人の刺客』(10)など、エンタメと社会性を往還してきた三池崇史監督。今作では、抑制された演出で「信じることの危うさ」に迫ります。

主演は綾野剛。共演には木村文乃、柴咲コウ、亀梨和也という実力派が揃い、それぞれが役の内面を繊細に演じ切ることで、物語の緊張感を形作っています。

今回は、公開に先駆けて試写会に参加したSASARU movie編集部が、本作の魅力を紐解きます。

『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』のストーリー


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

2003年、小学校教諭・薮下誠一(綾野剛)は、児童・氷室拓翔(三浦綺羅)への“体罰”を理由に、母親・氷室律子(柴咲コウ)から告発されました。告発は瞬く間に加熱し、週刊誌記者・鳴海三千彦(亀梨和也)が実名報道に踏み切ります。過激な見出しが世間を動かし、薮下は“殺人教師”として糾弾されていくことに。世間、学校、メディアすべてが彼を疑い、孤立した薮下の声は誰にも届きません。そして裁判の場で、彼はついに「これはすべて事実無根の“でっちあげ”です」と静かに反撃の狼煙を上げます。

「誰もが加害者にもなり得る」という現実

物語の発端は、小学生の男の子が母親に話したひとつの証言です。
それを母親が信じ、学校へ抗議。学校は波風を避けようと教師に謝罪を求めます。
やがて報道が「殺人教師」という見出しで煽り、社会全体が教師を糾弾していきます。

本作が描くのは、悪意ある陰謀ではなく、「正しさを信じたい」という欲望が加害へと転じる過程です。“被害者であろうとする気持ち”が暴走することで、誰もが知らぬ間に誰かを傷つけてしまう。 その普遍的な構図に、観客は無関係ではいられません。

(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

綾野剛が体現する「語られた姿」と「本当の姿」


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

薮下誠一を演じる綾野剛は、本作で“語られる側”と“語る本人”の二重性を浮かび上がらせます。
母親・律子の証言を通して描かれる薮下は、冷徹で残酷な加害者のように映ります。
一方、薮下自身の視点では、戸惑いながらもまっすぐ生徒と向き合おうとする誠実な教師の姿がありました。

綾野はこのギャップを、丁寧な所作で表現します。声を荒げることなく、「語られ方」と「本当の姿」が乖離していく痛みを観客に伝えていきます。

柴咲コウが演じる、“正義”に支配された母の狂気

柴咲コウが演じる母親・律子は、一見すると毅然とした“強い母親”です。
しかしその内側には、孤独、劣等感、焦り、そして承認欲求が渦巻いています。

事件のきっかけは子どもの証言ですが、それを信じて突き進んだ背景には、彼女自身の不安がありました。
裁判の場で彼女が一貫して自らの主張を“正しい”と信じ続ける姿からは、静かな狂気がにじみ出ています。

柴咲の演技は、沈黙の中に緊張を宿し、「加害者でありながら、もうひとりの被害者でもある母親像」を描き出しました。
その姿は、誤解やすれ違いが必ずしも悪意から生まれるとは限らないことを静かに示しています。

(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

亀梨和也が浮き彫りにする“報道の無関心”


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

記者・鳴海を演じる亀梨和也は、真摯な取材姿勢を装いながらも、内面では話題性ばかりを追う人物像を演じています。
母親を気遣うように振る舞いながら、教師を追い詰める直撃取材では、不敵な笑みと無表情で冷淡さをあらわに。
その視線の奥には、「正義」ではなく“数字”が見えてきます。

亀梨は感情を抑えることでかえって残酷さを強調し、報道という行為が持つ暴力性をじわじわと浮かび上がらせています。

法廷の“光”と“視線”が物語る、演出の緊張感

本作では、裁判シーンの演出に特に緊張感が宿っています。
カメラは被告席の薮下と証言台に立つ律子の表情を、鋭く寄りながら捉え、観客に「どちらの言葉に耳を傾けるのか」という心理的な圧を静かに突きつけてきます。

さらに実際の法廷には存在しない“小窓”が作られ、そこから差し込む光が、証言の場面に静かなドラマ性を与えています。
差し込む一筋の光は、まるで「真実」の象徴のように画面を貫き、登場人物たちの心の揺れを浮かび上がらせるのです。
ダイナミックなカメラワークと静謐な光の演出は、裁判劇でありながらも視覚的なドラマ性を持ち、観客の没入感を高めていました。

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報道と空気に“声”を奪われた男の物語


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

本作は、制度や報道の問題を描き現代を照らす“静かな衝撃作”であると同時に、「信じたかった人」「信じてもらえなかった人」の感情を繊細にすくい上げる“人間の映画”でもあります。

裁判は真実を明かす場であると同時に、語ることで傷が広がる場所。そして、誰かが声を上げたときに耳を貸さなくなる社会の“空気”の怖さも描かれていきます。

これは、実際の事件を記録しただけの映画ではありません。
「誰かを信じること」「声を届けること」「見えない加害とどう距離をとるか」──
私たちが日常の中で直面している問題と地続きの、“人間の物語”がここにあります。

映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』の基本情報

■公開日:6月27日(金)

■出演:綾野剛、木村文乃、柴咲コウ、亀梨和也 ほか

■監督:三池崇史

■原作:福田ますみ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』

■配給:東映

■公式サイト:https://www.detchiagemovie.jp/

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『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』のストーリー


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

2003年、小学校教諭・薮下誠一(綾野剛)は、児童・氷室拓翔(三浦綺羅)への“体罰”を理由に、母親・氷室律子(柴咲コウ)から告発されました。告発は瞬く間に加熱し、週刊誌記者・鳴海三千彦(亀梨和也)が実名報道に踏み切ります。過激な見出しが世間を動かし、薮下は“殺人教師”として糾弾されていくことに。世間、学校、メディアすべてが彼を疑い、孤立した薮下の声は誰にも届きません。そして裁判の場で、彼はついに「これはすべて事実無根の“でっちあげ”です」と静かに反撃の狼煙を上げます。

「誰もが加害者にもなり得る」という現実


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

物語の発端は、小学生の男の子が母親に話したひとつの証言です。
それを母親が信じ、学校へ抗議。学校は波風を避けようと教師に謝罪を求めます。
やがて報道が「殺人教師」という見出しで煽り、社会全体が教師を糾弾していきます。

本作が描くのは、悪意ある陰謀ではなく、「正しさを信じたい」という欲望が加害へと転じる過程です。“被害者であろうとする気持ち”が暴走することで、誰もが知らぬ間に誰かを傷つけてしまう。 その普遍的な構図に、観客は無関係ではいられません。

綾野剛が体現する「語られた姿」と「本当の姿」


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

薮下誠一を演じる綾野剛は、本作で“語られる側”と“語る本人”の二重性を浮かび上がらせます。
母親・律子の証言を通して描かれる薮下は、冷徹で残酷な加害者のように映ります。
一方、薮下自身の視点では、戸惑いながらもまっすぐ生徒と向き合おうとする誠実な教師の姿がありました。

綾野はこのギャップを、丁寧な所作で表現します。声を荒げることなく、「語られ方」と「本当の姿」が乖離していく痛みを観客に伝えていきます。

柴咲コウが演じる、“正義”に支配された母の狂気


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

柴咲コウが演じる母親・律子は、一見すると毅然とした“強い母親”です。
しかしその内側には、孤独、劣等感、焦り、そして承認欲求が渦巻いています。

事件のきっかけは子どもの証言ですが、それを信じて突き進んだ背景には、彼女自身の不安がありました。
裁判の場で彼女が一貫して自らの主張を“正しい”と信じ続ける姿からは、静かな狂気がにじみ出ています。

柴咲の演技は、沈黙の中に緊張を宿し、「加害者でありながら、もうひとりの被害者でもある母親像」を描き出しました。
その姿は、誤解やすれ違いが必ずしも悪意から生まれるとは限らないことを静かに示しています。

亀梨和也が浮き彫りにする“報道の無関心”


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

記者・鳴海を演じる亀梨和也は、真摯な取材姿勢を装いながらも、内面では話題性ばかりを追う人物像を演じています。
母親を気遣うように振る舞いながら、教師を追い詰める直撃取材では、不敵な笑みと無表情で冷淡さをあらわに。
その視線の奥には、「正義」ではなく“数字”が見えてきます。

亀梨は感情を抑えることでかえって残酷さを強調し、報道という行為が持つ暴力性をじわじわと浮かび上がらせています。

法廷の“光”と“視線”が物語る、演出の緊張感


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

本作では、裁判シーンの演出に特に緊張感が宿っています。
カメラは被告席の薮下と証言台に立つ律子の表情を、鋭く寄りながら捉え、観客に「どちらの言葉に耳を傾けるのか」という心理的な圧を静かに突きつけてきます。

さらに実際の法廷には存在しない“小窓”が作られ、そこから差し込む光が、証言の場面に静かなドラマ性を与えています。
差し込む一筋の光は、まるで「真実」の象徴のように画面を貫き、登場人物たちの心の揺れを浮かび上がらせるのです。
ダイナミックなカメラワークと静謐な光の演出は、裁判劇でありながらも視覚的なドラマ性を持ち、観客の没入感を高めていました。

報道と空気に“声”を奪われた男の物語


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

本作は、制度や報道の問題を描き現代を照らす“静かな衝撃作”であると同時に、「信じたかった人」「信じてもらえなかった人」の感情を繊細にすくい上げる“人間の映画”でもあります。

裁判は真実を明かす場であると同時に、語ることで傷が広がる場所。そして、誰かが声を上げたときに耳を貸さなくなる社会の“空気”の怖さも描かれていきます。

これは、実際の事件を記録しただけの映画ではありません。
「誰かを信じること」「声を届けること」「見えない加害とどう距離をとるか」──
私たちが日常の中で直面している問題と地続きの、“人間の物語”がここにあります。

映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』の基本情報


(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

■公開日:6月27日(金)

■出演:綾野剛、木村文乃、柴咲コウ、亀梨和也 ほか

■監督:三池崇史

■原作:福田ますみ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』

■配給:東映

■公式サイト:https://www.detchiagemovie.jp/

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