(C)2025「火喰鳥を、喰う」製作委員会
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2025.9.15

沈黙と余白が誘う恐怖──宮舘涼太の怪演、『火喰鳥を、喰う』原作との二重体験を読み解く

信州の山間で暮らす雄司(水上恒司)と妻・夕里子(山下美月)のもとに届いたのは、祖父の兄が戦死前に残した古びた日記でした。そこに記された謎めいた言葉「ヒクイドリ、クイタイ」を境に、久喜家の墓石から名が消え、祖父の存在までもが揺らいでいきます。過去と現在が交錯する中、ふたりの周囲には“説明されない恐怖”が忍び寄る...。

本作は、沈黙を武器に観客をじわじわと怪異へ誘うミステリー&ホラー。多くを語らず、余白に意味を委ねるこの映画をどう観れば良いのか。今回は、10月3日(金)公開『火喰鳥を、喰う』のネタバレを避けつつ、鑑賞を深めるためのポイントを紐解いていきます。

「火喰鳥」が示す正体不明の象徴


(C)2025「火喰鳥を、喰う」製作委員会

「火喰鳥(ヒクイドリ)」は実在する鳥の名ながら、本作ではその意味を離れ、不気味な象徴として現れます。「ヒクイドリ、クイタイ」という言葉をきっかけに、家系の記憶が歪み、存在の輪郭までもが揺らぎはじめます。

原作でも何を象徴するものなのかが明かされず、映画ではさらにその曖昧さが研ぎ澄まされています。「姿はあるのに、意味が見えない」。そんな輪郭の曖昧な存在が、“語られない恐怖”として観る者にじわじわと迫ってきます。

火喰鳥は、単なる怪異ではなく、忘れられた記憶、語られなかった過去、抗いきれない衝動──そうした“人間の執着”が姿を変えて現れたもののようにも感じられます。

火喰鳥とは、私たちの中に静かに潜む「執着」そのものなのかもしれません。

俳優の視線に宿る余白の力

本作では、音やセリフによる説明を極力抑えることで、静けさの中に不安を生む仕組みが構築されています。その中で、俳優たちの視線や表情が、言葉以上の情報を担っています。

雄司を演じる水上恒司は、感情を語ることなく内面の揺らぎを漂わせます。その無言の時間が、観客の戸惑いを映し返す鏡のように機能しています。

一方、山下美月演じる夕里子は、わずかな目の動きや表情の揺れによって、沈黙に意味の気配をにじませます。特に北斗との再会時には、語られない過去や緊張が、静かな空気の変化として現れます。

この映画は、俳優たちの繊細な演技がその余白を豊かに支える柱となっています。物語の筋を追うのではなく、沈黙や表情を“どう受け止めるか”がポイントです。

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北斗総一郎の異物感が崩す静寂


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宮舘涼太が演じる北斗総一郎は、本作の中でも特に異様な存在感を放ちます。紳士的な仮面の奥に漂う違和感は、観客の感覚をかすかに乱し続けます。夕里子と再会した場面で放った「相変わらず綺麗だ」というひと言は、その象徴的な瞬間です。どこか挑発や侮蔑を孕んでおり、場の空気を微妙に乱していく。その二面性が観客に“説明できない恐怖”を刻み込みます。

原作が彼の行動に一定の理由を示唆するのに対し、映画ではその背景を断片的にしか明かさず、多くを観客の解釈に委ねています。そうした曖昧さによって、北斗は“完全に理解できない存在”ではなく、むしろ説明の余地を残したままじわりと不気味さを漂わせる人物として描かれます。その微妙な異物感こそが、観る者の記憶に静かに染み込み、後を残します。

結末に託された余韻の深み

映画と原作を分ける最大の違いは、ラストシーンの在り方です。映画には原作にない場面が加えられており、明確な説明を避けたまま、観客に解釈を委ねるかたちで幕を閉じます。語られないまま提示されるその情景は、物語の余韻を曖昧に引き伸ばし、強い“残像”として焼きつきます。

この結末は、映画単体でも十分に衝撃を残しますが、原作を読んでから観ると、その余韻に含まれた意味や比喩がより多層的に立ち上がってきます。原作が描いた“終わり方”を知ったうえで再び映画の幕引きにふれると、そこに込められた意図や語られなかった選択が、静かに輪郭を持ちはじめます。
 

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沈黙と余白の美学を読み解く

『火喰鳥を、喰う』は、筋を追うよりも沈黙や余白に目を向けることで真価を発揮する作品です。雄司と夕里子の視線の揺らぎに込められた心理を探り、北斗総一郎の異物感を受け止めようとすることで、ただのミステリー&ホラーにとどまらない人間の欲望や執念の寓意が見えてきます。

この物語に明確な“解答”はありません。けれど、沈黙に耳を澄ませたその先にこそ、本作が語ろうとしているものの正体が、ぼんやりと浮かび上がってきます。原作と映画、それぞれの沈黙に耳を澄ませてみるのも、またひとつの楽しみ方かもしれません。

映画『火喰鳥を、喰う』基本情報

公開日:10月3日(金)

出演:水上恒司、山下美月
森田望智、吉澤健、カトウシンスケ、豊田裕大
佐伯日菜子、足立正生、小野塚勇人/麻生祐未
宮舘涼太(Snow Man)

監督:本木克英

原作:原浩「火喰鳥を、喰う」(角川ホラー文庫/KADOKAWA刊)

主題歌:マカロニえんぴつ「化け物」(トイズファクトリー)

公式HP:https://gaga.ne.jp/hikuidori/

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「火喰鳥」が示す正体不明の象徴


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「火喰鳥(ヒクイドリ)」は実在する鳥の名ながら、本作ではその意味を離れ、不気味な象徴として現れます。「ヒクイドリ、クイタイ」という言葉をきっかけに、家系の記憶が歪み、存在の輪郭までもが揺らぎはじめます。

原作でも何を象徴するものなのかが明かされず、映画ではさらにその曖昧さが研ぎ澄まされています。「姿はあるのに、意味が見えない」。そんな輪郭の曖昧な存在が、“語られない恐怖”として観る者にじわじわと迫ってきます。

火喰鳥は、単なる怪異ではなく、忘れられた記憶、語られなかった過去、抗いきれない衝動──そうした“人間の執着”が姿を変えて現れたもののようにも感じられます。

火喰鳥とは、私たちの中に静かに潜む「執着」そのものなのかもしれません。

俳優の視線に宿る余白の力


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本作では、音やセリフによる説明を極力抑えることで、静けさの中に不安を生む仕組みが構築されています。その中で、俳優たちの視線や表情が、言葉以上の情報を担っています。

雄司を演じる水上恒司は、感情を語ることなく内面の揺らぎを漂わせます。その無言の時間が、観客の戸惑いを映し返す鏡のように機能しています。

一方、山下美月演じる夕里子は、わずかな目の動きや表情の揺れによって、沈黙に意味の気配をにじませます。特に北斗との再会時には、語られない過去や緊張が、静かな空気の変化として現れます。

この映画は、俳優たちの繊細な演技がその余白を豊かに支える柱となっています。物語の筋を追うのではなく、沈黙や表情を“どう受け止めるか”がポイントです。

北斗総一郎の異物感が崩す静寂


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宮舘涼太が演じる北斗総一郎は、本作の中でも特に異様な存在感を放ちます。紳士的な仮面の奥に漂う違和感は、観客の感覚をかすかに乱し続けます。夕里子と再会した場面で放った「相変わらず綺麗だ」というひと言は、その象徴的な瞬間です。どこか挑発や侮蔑を孕んでおり、場の空気を微妙に乱していく。その二面性が観客に“説明できない恐怖”を刻み込みます。

原作が彼の行動に一定の理由を示唆するのに対し、映画ではその背景を断片的にしか明かさず、多くを観客の解釈に委ねています。そうした曖昧さによって、北斗は“完全に理解できない存在”ではなく、むしろ説明の余地を残したままじわりと不気味さを漂わせる人物として描かれます。その微妙な異物感こそが、観る者の記憶に静かに染み込み、後を残します。

結末に託された余韻の深み


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映画と原作を分ける最大の違いは、ラストシーンの在り方です。映画には原作にない場面が加えられており、明確な説明を避けたまま、観客に解釈を委ねるかたちで幕を閉じます。語られないまま提示されるその情景は、物語の余韻を曖昧に引き伸ばし、強い“残像”として焼きつきます。

この結末は、映画単体でも十分に衝撃を残しますが、原作を読んでから観ると、その余韻に含まれた意味や比喩がより多層的に立ち上がってきます。原作が描いた“終わり方”を知ったうえで再び映画の幕引きにふれると、そこに込められた意図や語られなかった選択が、静かに輪郭を持ちはじめます。
 

沈黙と余白の美学を読み解く

『火喰鳥を、喰う』は、筋を追うよりも沈黙や余白に目を向けることで真価を発揮する作品です。雄司と夕里子の視線の揺らぎに込められた心理を探り、北斗総一郎の異物感を受け止めようとすることで、ただのミステリー&ホラーにとどまらない人間の欲望や執念の寓意が見えてきます。

この物語に明確な“解答”はありません。けれど、沈黙に耳を澄ませたその先にこそ、本作が語ろうとしているものの正体が、ぼんやりと浮かび上がってきます。原作と映画、それぞれの沈黙に耳を澄ませてみるのも、またひとつの楽しみ方かもしれません。

映画『火喰鳥を、喰う』基本情報


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公開日:10月3日(金)

出演:水上恒司、山下美月
森田望智、吉澤健、カトウシンスケ、豊田裕大
佐伯日菜子、足立正生、小野塚勇人/麻生祐未
宮舘涼太(Snow Man)

監督:本木克英

原作:原浩「火喰鳥を、喰う」(角川ホラー文庫/KADOKAWA刊)

主題歌:マカロニえんぴつ「化け物」(トイズファクトリー)

公式HP:https://gaga.ne.jp/hikuidori/

早川真澄

ライター・編集者

北海道の情報誌の編集者として勤務し映画や観光、人材など地域密着の幅広いジャンルの制作を手掛ける。現在は編集プロダクションを運営し雑誌、webなど媒体を問わず企画制作を行っています。

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