2026年9月25日(金)公開の映画『ナギダイアリー』は、岡山県奈義町をモデルにした架空の町「ナギ」を舞台に、彫刻家の寄子(松たか子)と、東京から訪れた寄子の弟の元妻で建築家の友梨(石橋静河)が過ごす9日間を描いた作品です。
本作を手がけた深田晃司監督は、奈義町と約10年にわたって関わり、10か月ほど現地に滞在しました。町を歩き、気になった風景を記録し、町にあるため池もすべて回ったという深田監督。長い時間をかけて見えてきた景色、松たか子さんと石橋静河さんの演技、劇伴を使わずに描いた奈義町の音、そして地方をひとつのイメージに閉じ込めないために考えたことを聞きました。
10年近く奈義町を歩いて見つけた景色
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
深田:奈義町の方が映画を見ても、「ここはどこだろう」と思う場所がいくつかあるのではないかと思います。滞在中は予定をぎっしり入れていたわけではなく、のんびり過ごす時間も多くありました。近くを散歩したり、いろいろな場所を歩き回ったりして、「ここはいいな」と思う場所は写真を撮ってメモしていました。10年近く、ずっとロケハンをしていたような感覚です。地元の方だからこそ気づきにくい景色もあるのではないかと思います。
また、奈義町はため池が非常に多い町です。もともと水利に恵まれていなかったため、地元の方々が江戸時代から開拓し、ため池を造ってきた歴史があります。この映画を作るために、町にあるため池はすべて回りました。何十か所もありましたね。
松たか子と石橋静河、異なる演技が重なって生まれたもの
深田:演技の質が違うのは、人間それぞれ立ち方や動き方、挙動が違うのと同じです。その違いが不協和音になることはなく、むしろ2人の芝居が異なるからこそ、とてもきれいなメロディーになったと感じました。
面白かったのは、その演技の差が、寄子と友梨の生き方や育ってきた環境の違いと重なったことです。東京で生きてきたのか、奈義町で生きてきたのか。そうした違いとうまく重なり合ってくれたと思います。
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
「三人称の映画」を撮りたい
深田:いつも意識しているのは、「三人称の映画を撮りたい」ということです。あるひとりの人物に観客を感情移入させ、その人物と一緒に泣いたり笑ったりしながら物語を引っ張っていくというよりも、少し距離を置いたところから、登場人物たちの日常や関係性の変化を眺めてもらいたい。そうすることで、「この人たちは何を考えているのだろう」「今、どんな気持ちでここにいるのだろう」と、観客に想像してもらえたらと思っています。
そうした時間になることを願いながら、うまくいったり、うまくいかなかったりしつつ撮っています。
劇伴を使わず、奈義町の音でつくった映画
深田:大きいのは、この映画には劇伴がひとつもないことです。劇中で音楽が流れる場面はありますが、演出として付けた音楽はひとつもありません。編集の途中で、ある程度編集したものをスタッフみんなで見る「ラッシュ」があります。その時、編集についてはいろいろな意見が出ましたが、私を含め、編集やポストプロダクションに関わったスタッフ全員で一致したのが、「この映画には音楽を入れられない」ということでした。
奈義町の鳥の声や大砲の音、松さんが彫刻を削る音。そうした音だけで十分に、奈義町という場所を感じてもらえるだろうと考えました。そのため、音楽を使わず、効果音だけで奈義町を再現できたらと思いました。
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
「差別はもうない」という錯覚――若者と大人を描いた理由
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
深田:ひとつは、同じような悩みを抱えている中学生がやって来た時に、寄子がどう反応するのか、あるいは友梨がどう反応するのか。その違いによって、それぞれの人物像を見せるという狙いがあります。
もうひとつは、作品に奥行きを持たせることです。奈義町と東京という地理的な横軸があり、さらに若い世代と大人の世代を描くことで、時間的な奥行きも生まれます。東京そのものは登場しませんが、友梨は東京を象徴する存在でもあります。
若い世代と大人の世代を描くことで、その「変わっていなさ」を縦軸として見せ、映画をより立体的で奥行きのあるものにしたいという思いがありました。
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
地方を「ユートピア」にも「窮屈な村」にもしない
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
深田:それは、取材を重ねることしかないと思っています。今回の映画で友梨という存在に託しているのは、自分自身が簡単に地方出身者の側には立てない、という視点の表れでもあります。だからこそ、慎重に描かなければならないと思っていました。
自分にとってアウェイなものを描く時、自分自身の中にある偏見や思い込み、先入観をゼロにすることは難しいものです。今回の取材でもよく例として話しているのですが、例えば男性が女性のキャラクターを描く時、古典的には「聖女か娼婦か」と言われるように、聖女のような優しい人物か、非常に悪い女性かという両極端な描き方になりがちです。そこには、男性から見た女性に対する解像度の低さや偏見が投影されやすい。しかし、実際の女性像はそのどちらかだけではありません。
今回の作品では、それを10年かけて行うことができました。自分にとって、とても贅沢な時間だったと思っています。
「これは映画館でこそ聞ける音」
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
深田:『ナギダイアリー』は9月25日(金)公開です。まず、俳優たちが素晴らしいので、ぜひスクリーンで見てほしいと思っています。
今回のインタビューでもふれましたが、本作は劇伴を付けず、奈義町の実際の音を使って音響をデザインしました。これは映画館でこそ聞ける音だと思っています。家庭で配信やテレビで映画を見るのもいいのですが、そうした音は生活音に紛れてしまいます。
ぜひ映画館で観ていただきたいです。よろしくお願いします。
編集後記
感情を音楽で説明しすぎず、人物の心も決めつけず、土地についてもわかったつもりにならない。その余白を観客に残すことが、『ナギダイアリー』の独特の距離感を生んでいるのかもしれません。
だからこそ、映画を観た後にも、登場人物やナギの町についてもう一度考えたくなる。取材を通して、その理由が少し見えた気がしました。
映画『ナギダイアリー』(G)は、札幌シネマフロンティア、シアターキノ、函館シネマアイリス、イオンシネマ釧路で9月25日(金)から公開。東川のル・シネマ・キャトルは10月2日(金)から、苫小牧シネマ・トーラスは、10月3日(土)、浦河大黒座は順次公開。
10年近く奈義町を歩いて見つけた景色
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
深田:奈義町の方が映画を見ても、「ここはどこだろう」と思う場所がいくつかあるのではないかと思います。滞在中は予定をぎっしり入れていたわけではなく、のんびり過ごす時間も多くありました。近くを散歩したり、いろいろな場所を歩き回ったりして、「ここはいいな」と思う場所は写真を撮ってメモしていました。10年近く、ずっとロケハンをしていたような感覚です。地元の方だからこそ気づきにくい景色もあるのではないかと思います。
また、奈義町はため池が非常に多い町です。もともと水利に恵まれていなかったため、地元の方々が江戸時代から開拓し、ため池を造ってきた歴史があります。この映画を作るために、町にあるため池はすべて回りました。何十か所もありましたね。
松たか子と石橋静河、異なる演技が重なって生まれたもの
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
深田:演技の質が違うのは、人間それぞれ立ち方や動き方、挙動が違うのと同じです。その違いが不協和音になることはなく、むしろ2人の芝居が異なるからこそ、とてもきれいなメロディーになったと感じました。
面白かったのは、その演技の差が、寄子と友梨の生き方や育ってきた環境の違いと重なったことです。東京で生きてきたのか、奈義町で生きてきたのか。そうした違いとうまく重なり合ってくれたと思います。
「三人称の映画」を撮りたい
深田:いつも意識しているのは、「三人称の映画を撮りたい」ということです。あるひとりの人物に観客を感情移入させ、その人物と一緒に泣いたり笑ったりしながら物語を引っ張っていくというよりも、少し距離を置いたところから、登場人物たちの日常や関係性の変化を眺めてもらいたい。そうすることで、「この人たちは何を考えているのだろう」「今、どんな気持ちでここにいるのだろう」と、観客に想像してもらえたらと思っています。
そうした時間になることを願いながら、うまくいったり、うまくいかなかったりしつつ撮っています。
劇伴を使わず、奈義町の音でつくった映画
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
深田:大きいのは、この映画には劇伴がひとつもないことです。劇中で音楽が流れる場面はありますが、演出として付けた音楽はひとつもありません。編集の途中で、ある程度編集したものをスタッフみんなで見る「ラッシュ」があります。その時、編集についてはいろいろな意見が出ましたが、私を含め、編集やポストプロダクションに関わったスタッフ全員で一致したのが、「この映画には音楽を入れられない」ということでした。
奈義町の鳥の声や大砲の音、松さんが彫刻を削る音。そうした音だけで十分に、奈義町という場所を感じてもらえるだろうと考えました。そのため、音楽を使わず、効果音だけで奈義町を再現できたらと思いました。
「差別はもうない」という錯覚――若者と大人を描いた理由
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
深田:ひとつは、同じような悩みを抱えている中学生がやって来た時に、寄子がどう反応するのか、あるいは友梨がどう反応するのか。その違いによって、それぞれの人物像を見せるという狙いがあります。
もうひとつは、作品に奥行きを持たせることです。奈義町と東京という地理的な横軸があり、さらに若い世代と大人の世代を描くことで、時間的な奥行きも生まれます。東京そのものは登場しませんが、友梨は東京を象徴する存在でもあります。
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
若い世代と大人の世代を描くことで、その「変わっていなさ」を縦軸として見せ、映画をより立体的で奥行きのあるものにしたいという思いがありました。
地方を「ユートピア」にも「窮屈な村」にもしない
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
深田:それは、取材を重ねることしかないと思っています。今回の映画で友梨という存在に託しているのは、自分自身が簡単に地方出身者の側には立てない、という視点の表れでもあります。だからこそ、慎重に描かなければならないと思っていました。
自分にとってアウェイなものを描く時、自分自身の中にある偏見や思い込み、先入観をゼロにすることは難しいものです。今回の取材でもよく例として話しているのですが、例えば男性が女性のキャラクターを描く時、古典的には「聖女か娼婦か」と言われるように、聖女のような優しい人物か、非常に悪い女性かという両極端な描き方になりがちです。そこには、男性から見た女性に対する解像度の低さや偏見が投影されやすい。しかし、実際の女性像はそのどちらかだけではありません。
今回の作品では、それを10年かけて行うことができました。自分にとって、とても贅沢な時間だったと思っています。
「これは映画館でこそ聞ける音」
(C)2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.
深田:『ナギダイアリー』は9月25日(金)公開です。まず、俳優たちが素晴らしいので、ぜひスクリーンで見てほしいと思っています。
今回のインタビューでもふれましたが、本作は劇伴を付けず、奈義町の実際の音を使って音響をデザインしました。これは映画館でこそ聞ける音だと思っています。家庭で配信やテレビで映画を見るのもいいのですが、そうした音は生活音に紛れてしまいます。
ぜひ映画館で観ていただきたいです。よろしくお願いします。
編集後記
感情を音楽で説明しすぎず、人物の心も決めつけず、土地についてもわかったつもりにならない。その余白を観客に残すことが、『ナギダイアリー』の独特の距離感を生んでいるのかもしれません。
だからこそ、映画を観た後にも、登場人物やナギの町についてもう一度考えたくなる。取材を通して、その理由が少し見えた気がしました。
映画『ナギダイアリー』(G)は、札幌シネマフロンティア、シアターキノ、函館シネマアイリス、イオンシネマ釧路で9月25日(金)から公開。東川のル・シネマ・キャトルは10月2日(金)から、苫小牧シネマ・トーラスは、10月3日(土)、浦河大黒座は順次公開。
早川真澄
ライター・編集者
北海道の情報誌の編集者として勤務し映画や観光、人材など地域密着の幅広いジャンルの制作を手掛ける。現在は編集プロダクションを運営し雑誌、webなど媒体を問わず企画制作を行っています。