2026.11.4

『恒星の向こう側』稲葉ももPインタビュー|「生と死が混ざっている」野付半島で生まれた物語と、母娘の距離、母になる立場から感じた未知と可那子の関係

2026年10月30日(金)公開の映画『恒星の向こう側』は、中川龍太郎監督が「喪失」と向き合いながら、新たな物語へ踏み出した作品です。

母・可那子(河瀨直美)が進行性のがんを患っていることを知り、奈良の実家へ戻った未知(福地桃子)。長年の確執を抱える母との残された時間の中で、未知はこれまで知らなかった可那子の過去をたどっていきます。

本作は、『走れ、絶望に追いつかれない速さで』『四月の永い夢』から続く“3部作”の一作。企画初期から携わってきたProduction I.Gの稲葉ももプロデューサーは、脚本が固まる前から中川監督や福地桃子さんと北海道別海町・野付半島を訪れ、そこから作品の方向性を形作っていきました。

野付半島での撮影に込めた思い、キャスティング、母になる立場から感じた未知と可那子の関係、撮影現場で生まれたシーンについて、稲葉プロデューサーに話を伺いました。

「喪失」の先にある再生を描く3部作


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――中川監督作品の『走れ、絶望に追いつかれない速さで』『四月の永い夢』、そして『恒星の向こう側』。稲葉さんは、3作品のどんなところにつながりを感じていたのでしょうか?

稲葉:本作は、監督と「オリジナル作品を作りたい」というところから始まりました。『走れ、絶望に追いつかれない速さで』から10年経って、今の中川監督が「喪失と再生」をテーマにしたらどんな作品になるのだろう、というのが最初の問いでした。これまでの作品には「喪失」というテーマが強くありましが、今回はその先にある「再生」と、これからの中川龍太郎監督が何を撮っていくのかという未来を見たいと思ったんです。
稲葉:『走れ、絶望に追いつかれない速さで』は監督自身の実感が強く、『四月の永い夢』では女性主人公になって視点が少し変わったように思います。今回は、同じように女性主人公で描くのではなく、登志蔵というキャラクターに監督自身の目線を持たせながら、恐らく最も実感を込めて描くのが難しいであろう女性の「母性」を扱う物語を描きました。「喪失」「再生」、そしてその先へ。その視点をひとつの物語にしたのが、本作だと思います。

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

母になる立場から見た、未知と可那子の関係


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――可那子と未知は、親子でありながらお互いに分からない部分を抱えています。ご自身も子育てをされている稲葉さんは、2人の関係をどのように受け止めましたか?

稲葉:私はやはり最初から最後まで未知に共感して作っていました。ただ、それは観るお客さんによって違うと思います。企画が通ったとき、私は子どもを産んだばかりで、1歳、2歳くらいの時期でした。未知と同じように、「自分はこういう育てられ方をしたから、こんな痛みを抱えているんだ」という幼少期の傷のようなものが癒えていないまま、自分も子どもを授かりました。もちろん望んだ妊娠でしたが、母になる覚悟がまだできていない時期だったのだと思います。
稲葉:可那子の「私がいなくなった後も、そうやって言い訳して生きていくんか」という台詞も、今でも自分に投げかけられているような感覚になります。自分が親になる覚悟ができていない現実から逃げるために、他責思考になっていたのだと思います。「こういう育て方をされたから」と人のせいにすることで、目の前の現実から逃げる。そこは、主人公未知の弱さであり、未知と可那子の関係にも似ていると思いました。
未知は可那子を知ることで変わっていきますが、直接的に解決するわけではないんですよね。可那子が亡くなった後に、未知が母の過去をたどっていく。そうした母との距離感が、野付半島と奈良という距離にもうまく現れていると思います。

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――稲葉さん自身は、まだ母親というより、娘に近い感覚でこの物語を見ていたのでしょうか?

稲葉:そうですね。制作当時まだ自分が人生の経験値的に母親目線というよりは、娘目線にいたので、そういうふうに見てくださる方もいるといいなと思います。ただ想像以上に親目線で見てくださる方も多く、観るタイミングで見方が変わる作品であってほしいです。これから母になる人や、母になったばかりの人にも共感していただけるんじゃないかなと思います。可那子の「親子でも他人やで」という言葉がありますよね。あの言葉も冷たいようでいて温かいというか。「自分がいなくなるから、自分の足で立っていくんやで」という、突き放すことで自立させる母親像があると思うんです。あの言葉は強いけれど、そこには母親としての愛情があると思います。
 

キャスティングで重視したこと

――福地桃子さん、河瀨直美さん、寛一郎さんは、それぞれどのようにキャスティングしていったのでしょうか?

稲葉:福地さん自身もちょうど、中川監督と出会って、新しい視点が欲しい、変わりたいという時期だったと思います。野付半島への旅の前に福地さんのキャスティングは決まっていたのですが、旅の中で自分の中にある「傷」について語り合って、未知という人物を一緒に作っていった感覚でした。河瀨さんについては、最初から「河瀨さん一択」でした。未知の母親を誰が演じるかは、この作品にとって最も重要で、彼女にしか出せないものがあると確信していました。

 

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

稲葉:私自身もこの作品で初めてお会いすることになったので、まず長い手紙を書きました。それを読んでくださって、「ぜひ会いたい」と言ってくださったので、監督と一緒に直接お会いしました。強い背中を見せてくれる母親像は、河瀨さん自身が持っているパワーが一番画面に伝わるんじゃないかと思い、お願いしました。

登志蔵役については時間をかけてキャスティングをしたように思います。母と娘の間には入れない、傍観者のような不器用さを寛一郎さんなら表現できると思いました。

監督とも距離が近く、関係性もあったので、登志蔵というキャラクターを通して監督の姿を映し出してくれるだろうという確信もありました。

台本になかったシーンが作品の核に

――実際の撮影を経て、完成した作品を見たとき、想像以上のものが生まれたと感じる部分はありましたか?

稲葉:普通の作り方とは少し違ったので、その場で生まれたものがすごく多い作品でした。河瀨さんが「この天気だから、この太陽の向きだから、このシーンを追加しよう」と提案してくださったり、「可那子の視点でこのシーンがあったほうがいい」「このセリフがあったほうがいい」とアドリブで入れてくださったり。それが最終的に作品の核を支えてくれたと思います。もともと台本になかったシーンを追加したことで、作品の見え方も大きく変わりました。

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――具体的には、どんなシーンでしょうか?

稲葉:可那子と未知が2人で歩いているシーンです。水や風の音が聞こえて、可那子が未知に言葉を残す。あそこは全く台本になかったんです。私たちが次の準備をしているときに、河瀨さんが「ここに来て!」と言い出して、カメラマンの上野さんも監督も「え?」となったんですが、準備中だった福地さんも含めて、みんなで急いで向かいました。すると、朝露のような煙が広がっていた。あの映像も全く想定外でした。その場で撮れた映像と、可那子が未知に残した言葉が重なって、すごく大切なシーンになったと思います。奈良の最後のシーンも、台本にないセリフがたくさんありました。河瀨さんご自身の中から生まれる言葉が、そのまま可那子になっている。そういう意味では、想像以上のものになったと思います。

野付半島で感じた「生と死」

――野付半島で撮ることになったとき、この場所にどんな魅力を感じましたか?

稲葉:私も人生で初めて訪れたんですが、東京にいては感じられない生命を感じる場所だと思いました。今回は、可那子が愛した人が住んでいる場所として野付半島が登場します。最後に未知が母を知る旅で初めて足を運ぶ場所です。生と死が混ざっているというか、あそこに立たないと分からない独特な感覚があります。だから、未知と万理が出会う最後の場所としては、絶対にここじゃないとダメだと思いました。

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会


写真:矢武企画

稲葉:人が住んでいる場所というより、動物や自然が住んでいる場所に人間がお邪魔するような感覚もある。そこでしか撮れない画が絶対にあると思いました。自分ひとりの知見ではこの場所に出逢うことができませんでしたし、降り立つこともできなかったと思います。現地の皆さまのお力があって、作品の核となる地に出逢うことができました。

地域の人たちに支えられて実現した野付半島ロケ

――実際に野付半島で撮影を成立させる上で、地域の方々に支えられたことはありましたか?

稲葉:最初は、どうアクセスしたらいいのかも分からない状態でした。中標津空港までは分かるけれど、そこからどうするのかも分からない。私はもともと矢武企画の矢武さんと知り合いだったので、「北海道の映画のことだから、まず矢武さんに相談しよう」と、そこから始まりました。その先は、野付半島ネイチャーセンターの内藤さんや、矢武さんを通じて知り合った別海町役場の皆さん。本当に、この作品がきっかけでたくさんの方と出会うことができました。

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会 写真提供:矢武企画


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会 写真提供:矢武企画

稲葉:内藤さんは、監督が13年前に知り合って以来、「ここで撮りたい」と話していたことも知ってくださっていました。「本当にここで撮りたいと思った作品に出会ったらやる」と監督が話していたところ、今回その作品ができた。それなら、と内藤さんもいろいろ動いてくださって、普段は入れない場所で撮影することもできました。普通の作品ではなかなか撮れない、野付半島の姿を撮ることができたと思います。

別海町の人たちと観た『恒星の向こう側』

――最後に、別海町で完成披露試写会を行い、地元の方に完成した作品を観てもらいました。作品を作る側として、どんな意味を感じましたか?

稲葉:普段は映画館で観てくださる方と、なかなか顔を合わせることができません。今回はイベントがあったからこそ皆さんとお会いできましたし、同じ空間で一緒に観ることができました。監督も福地さんも私も、もう一度お客さんとして最初から観たんです。別海町の方々と一緒に観ることで、また少し見方が変わりました。改めて別海町の風景に注目しながら観たので、違う視点で作品を見ることができました。

「喪失」の先にある再生を描く3部作


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――中川監督作品の『走れ、絶望に追いつかれない速さで』『四月の永い夢』、そして『恒星の向こう側』。稲葉さんは、3作品のどんなところにつながりを感じていたのでしょうか?

稲葉:本作は、監督と「オリジナル作品を作りたい」というところから始まりました。『走れ、絶望に追いつかれない速さで』から10年経って、今の中川監督が「喪失と再生」をテーマにしたらどんな作品になるのだろう、というのが最初の問いでした。これまでの作品には「喪失」というテーマが強くありましが、今回はその先にある「再生」と、これからの中川龍太郎監督が何を撮っていくのかという未来を見たいと思ったんです。

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

稲葉:『走れ、絶望に追いつかれない速さで』は監督自身の実感が強く、『四月の永い夢』では女性主人公になって視点が少し変わったように思います。今回は、同じように女性主人公で描くのではなく、登志蔵というキャラクターに監督自身の目線を持たせながら、恐らく最も実感を込めて描くのが難しいであろう女性の「母性」を扱う物語を描きました。「喪失」「再生」、そしてその先へ。その視点をひとつの物語にしたのが、本作だと思います。

母になる立場から見た、未知と可那子の関係


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――可那子と未知は、親子でありながらお互いに分からない部分を抱えています。ご自身も子育てをされている稲葉さんは、2人の関係をどのように受け止めましたか?

稲葉:私はやはり最初から最後まで未知に共感して作っていました。ただ、それは観るお客さんによって違うと思います。企画が通ったとき、私は子どもを産んだばかりで、1歳、2歳くらいの時期でした。未知と同じように、「自分はこういう育てられ方をしたから、こんな痛みを抱えているんだ」という幼少期の傷のようなものが癒えていないまま、自分も子どもを授かりました。もちろん望んだ妊娠でしたが、母になる覚悟がまだできていない時期だったのだと思います。
稲葉:可那子の「私がいなくなった後も、そうやって言い訳して生きていくんか」という台詞も、今でも自分に投げかけられているような感覚になります。自分が親になる覚悟ができていない現実から逃げるために、他責思考になっていたのだと思います。「こういう育て方をされたから」と人のせいにすることで、目の前の現実から逃げる。そこは、主人公未知の弱さであり、未知と可那子の関係にも似ていると思いました。
未知は可那子を知ることで変わっていきますが、直接的に解決するわけではないんですよね。可那子が亡くなった後に、未知が母の過去をたどっていく。そうした母との距離感が、野付半島と奈良という距離にもうまく現れていると思います。

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――稲葉さん自身は、まだ母親というより、娘に近い感覚でこの物語を見ていたのでしょうか?

稲葉:そうですね。制作当時まだ自分が人生の経験値的に母親目線というよりは、娘目線にいたので、そういうふうに見てくださる方もいるといいなと思います。ただ想像以上に親目線で見てくださる方も多く、観るタイミングで見方が変わる作品であってほしいです。これから母になる人や、母になったばかりの人にも共感していただけるんじゃないかなと思います。可那子の「親子でも他人やで」という言葉がありますよね。あの言葉も冷たいようでいて温かいというか。「自分がいなくなるから、自分の足で立っていくんやで」という、突き放すことで自立させる母親像があると思うんです。あの言葉は強いけれど、そこには母親としての愛情があると思います。
 

キャスティングで重視したこと


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――福地桃子さん、河瀨直美さん、寛一郎さんは、それぞれどのようにキャスティングしていったのでしょうか?

稲葉:福地さん自身もちょうど、中川監督と出会って、新しい視点が欲しい、変わりたいという時期だったと思います。野付半島への旅の前に福地さんのキャスティングは決まっていたのですが、旅の中で自分の中にある「傷」について語り合って、未知という人物を一緒に作っていった感覚でした。河瀨さんについては、最初から「河瀨さん一択」でした。未知の母親を誰が演じるかは、この作品にとって最も重要で、彼女にしか出せないものがあると確信していました。

 

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

稲葉:私自身もこの作品で初めてお会いすることになったので、まず長い手紙を書きました。それを読んでくださって、「ぜひ会いたい」と言ってくださったので、監督と一緒に直接お会いしました。強い背中を見せてくれる母親像は、河瀨さん自身が持っているパワーが一番画面に伝わるんじゃないかと思い、お願いしました。

登志蔵役については時間をかけてキャスティングをしたように思います。母と娘の間には入れない、傍観者のような不器用さを寛一郎さんなら表現できると思いました。

監督とも距離が近く、関係性もあったので、登志蔵というキャラクターを通して監督の姿を映し出してくれるだろうという確信もありました。

台本になかったシーンが作品の核に


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――実際の撮影を経て、完成した作品を見たとき、想像以上のものが生まれたと感じる部分はありましたか?

稲葉:普通の作り方とは少し違ったので、その場で生まれたものがすごく多い作品でした。河瀨さんが「この天気だから、この太陽の向きだから、このシーンを追加しよう」と提案してくださったり、「可那子の視点でこのシーンがあったほうがいい」「このセリフがあったほうがいい」とアドリブで入れてくださったり。それが最終的に作品の核を支えてくれたと思います。もともと台本になかったシーンを追加したことで、作品の見え方も大きく変わりました。

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――具体的には、どんなシーンでしょうか?

稲葉:可那子と未知が2人で歩いているシーンです。水や風の音が聞こえて、可那子が未知に言葉を残す。あそこは全く台本になかったんです。私たちが次の準備をしているときに、河瀨さんが「ここに来て!」と言い出して、カメラマンの上野さんも監督も「え?」となったんですが、準備中だった福地さんも含めて、みんなで急いで向かいました。すると、朝露のような煙が広がっていた。あの映像も全く想定外でした。その場で撮れた映像と、可那子が未知に残した言葉が重なって、すごく大切なシーンになったと思います。奈良の最後のシーンも、台本にないセリフがたくさんありました。河瀨さんご自身の中から生まれる言葉が、そのまま可那子になっている。そういう意味では、想像以上のものになったと思います。

野付半島で感じた「生と死」


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会

――野付半島で撮ることになったとき、この場所にどんな魅力を感じましたか?

稲葉:私も人生で初めて訪れたんですが、東京にいては感じられない生命を感じる場所だと思いました。今回は、可那子が愛した人が住んでいる場所として野付半島が登場します。最後に未知が母を知る旅で初めて足を運ぶ場所です。生と死が混ざっているというか、あそこに立たないと分からない独特な感覚があります。だから、未知と万理が出会う最後の場所としては、絶対にここじゃないとダメだと思いました。

写真:矢武企画

稲葉:人が住んでいる場所というより、動物や自然が住んでいる場所に人間がお邪魔するような感覚もある。そこでしか撮れない画が絶対にあると思いました。自分ひとりの知見ではこの場所に出逢うことができませんでしたし、降り立つこともできなかったと思います。現地の皆さまのお力があって、作品の核となる地に出逢うことができました。

地域の人たちに支えられて実現した野付半島ロケ


(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会 写真提供:矢武企画

――実際に野付半島で撮影を成立させる上で、地域の方々に支えられたことはありましたか?

稲葉:最初は、どうアクセスしたらいいのかも分からない状態でした。中標津空港までは分かるけれど、そこからどうするのかも分からない。私はもともと矢武企画の矢武さんと知り合いだったので、「北海道の映画のことだから、まず矢武さんに相談しよう」と、そこから始まりました。その先は、野付半島ネイチャーセンターの内藤さんや、矢武さんを通じて知り合った別海町役場の皆さん。本当に、この作品がきっかけでたくさんの方と出会うことができました。

(C)2025 映画「恒星の向こう側」製作委員会 写真提供:矢武企画

稲葉:内藤さんは、監督が13年前に知り合って以来、「ここで撮りたい」と話していたことも知ってくださっていました。「本当にここで撮りたいと思った作品に出会ったらやる」と監督が話していたところ、今回その作品ができた。それなら、と内藤さんもいろいろ動いてくださって、普段は入れない場所で撮影することもできました。普通の作品ではなかなか撮れない、野付半島の姿を撮ることができたと思います。

別海町の人たちと観た『恒星の向こう側』

――最後に、別海町で完成披露試写会を行い、地元の方に完成した作品を観てもらいました。作品を作る側として、どんな意味を感じましたか?

稲葉:普段は映画館で観てくださる方と、なかなか顔を合わせることができません。今回はイベントがあったからこそ皆さんとお会いできましたし、同じ空間で一緒に観ることができました。監督も福地さんも私も、もう一度お客さんとして最初から観たんです。別海町の方々と一緒に観ることで、また少し見方が変わりました。改めて別海町の風景に注目しながら観たので、違う視点で作品を見ることができました。

早川真澄

ライター・編集者

北海道の情報誌の編集者として勤務し映画や観光、人材など地域密着の幅広いジャンルの制作を手掛ける。現在は編集プロダクションを運営し雑誌、webなど媒体を問わず企画制作を行っています。

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